鹿児島交通
鹿児島本線の伊集院から指宿枕崎線の枕崎まで49.6kmを結んでいました。
1914年に南薩鉄道として、伊集院~加世田間が開業。1931年に枕崎まで全線開通。1964年に鹿児島交通。伊集院から西鹿児島まで国鉄に乗り入れ、直通運転をしていた時期もありました。
指宿枕崎線と薩摩半島を一周する路線を形成していました。
1983年に豪雨のため全線不通となりその後日置~加世田間が復旧しましたが、1984年に全線廃止。
まだ廃止の話の無かった、1975年の訪問です。
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加世田駅
1975年3月1日撮影 加世田駅


キハ100形
1975年3月1日撮影 加世田~阿多


1975年3月1日撮影 加世田~阿多


キユニ100形キユニ101+キハ100形キハ104
1975年3月1日撮影 加世田~阿多


キハ300形キハ302
1954年川崎車輌製の自社発注車。国鉄キハ10形の類似形式ですが、キハ10より早く登場しています。
1975年3月1日撮影 加世田~阿多


1975年3月1日撮影 加世田~阿多


キハ100形キハ102
1975年3月1日撮影 加世田


キハ100形キハ103
1975年3月1日撮影 加世田


キハ100形キハ106
1975年3月1日撮影 加世田


1975年3月1日撮影 加世田


キユニ100形キユニ105
キハ100形の内、101と105が郵便荷物車に改造されていました。
1975年3月1日撮影 加世田


キハ300形キハ303
1975年3月1日撮影 加世田


加世田駅
木造客車が放置されていました。
1975年3月1日撮影


36BBH形DD1202
1962年三菱重工製の自社発注機。
形式の36BBHとは昭和36年式BB軸8気筒の意味だそうです。
1975年3月1日撮影 加世田


36BBH形DD1202
1962年三菱重工製の自社発注機。
形式の36BBHとは昭和36年式BB軸8気筒の意味だそうです。
1975年3月1日撮影 加世田
1号機
1913年ドイツ HANOMAG製。
開業に当たり準備された機関車です。1963年廃車。庫内で保管されていました。
1975年3月1日撮影 加世田


4号機
1926年日本車輌製の自社発注機。 1963年に廃車となっていますが、加世田に保存されていました。
1975年3月1日撮影 加世田


テフ25
元国鉄ユニ3996。1940年譲受。 貨物列車の緩急車として、遅くまで使用されていたようです。
1975年3月1日撮影 加世田


エ4
1933年日本車輌製の元南薩中央鉄道キハ1→キハ4。
南薩中央鉄道は加世田の一つ伊集院寄りの阿多から知覧までの
路線で、鹿児島交通知覧線となり、1965年に廃止されています。
万世支線(1962年廃止)で使用後、1958年に救援車となりました。
1975年3月1日撮影 加世田


エ4
1933年日本車輌製の元南薩中央鉄道キハ1→キハ4。
南薩中央鉄道は加世田の一つ伊集院寄りの阿多から知覧までの
路線で、鹿児島交通知覧線となり、1965年に廃止されています。
万世支線(1962年廃止)で使用後、1958年に救援車となりました。
1975年3月1日撮影 加世田
ホユニ67+ホユニ66
ホユニ67は1929年日本車輛製の自社発注車元ホハニ62。
ホユニ66は1936年に鹿本鉄道(山鹿温泉鉄道)より譲受。
福岡の岡部鉄工所というローカルメーカー製。
加世田駅に留置されていました。
1975年3月1日撮影 加世田


キユニ100形キユニ101+キハ100形キハ104
1975年3月1日撮影 加世田~上加世田


キハ300形キハ302
1975年3月1日撮影 枕崎

