福井鉄道南越線

青字にリンクしています。

1915年武岡軽便鉄道として開業。1945年に福井鉄道の路線となりました。
武生(社武生)~戸ノ口14.3kmを結んでいましたが、1971年に粟田部~戸ノ口が廃止になり、1981年には全線が廃止されました。
粟田部~戸ノ口廃止後の1973年の訪問です。小さな130形が単行で走っており、ローカルムード満点でした。
1973年3月28日撮影

写真をクリックすると全画面表示されます。再度クリックで戻ります。ブラウザによっては拡大されない場合があります。

130形モハ131

1962年自社西にしたけ工場製。自作電車です。
台車、電気部品は廃車となったモハ1形のものを利用。モハ132とともに南越線の主力として活躍しました。1986年廃車。

1973年3月28日撮影 粟田部

130形モハ131

1962年自社西にしたけ工場製。自作電車です。
台車、電気部品は廃車となったモハ1形のものを利用。モハ132とともに南越線の主力として活躍しました。1986年廃車。

1973年3月28日撮影 粟田部

130形モハ131

1973年3月28日撮影 粟田部~五分市

130形モハ131

1973年3月28日撮影 粟田部~五分市

130形モハ131

1973年3月28日撮影 粟田部~五分市

130形モハ131

1973年3月28日撮影 粟田部~五分市

130形モハ131

1973年3月28日撮影 五分市

130形モハ131

1973年3月28日撮影 五分市

130形モハ131

1973年3月28日撮影 五分市

130形モハ132

1973年3月28日撮影 五分市

130形モハ132

モハ131と同じく1963年自社西武生工場製。モハ131とともに南越線廃止後も、武生新構内で休車状態で置かれていました。結局再起することはなく、1986年に廃車されました。

1973年3月28日撮影 社武生

130形モハ132

モハ131と同じく1963年自社西武生工場製。モハ131とともに南越線廃止後も、武生新構内で休車状態で置かれていました。結局再起することはなく、1986年に廃車されました。

1973年3月28日撮影 社武生

130形モハ131モハ132

南越線廃線後、休車中の姿です。

1982年5月4日撮影 武生新

  • 2014年12月14日up