玉野市営電気鉄道

宇野線の終点宇野から玉遊園地前まで4.7kmを結んでいました。元々は宇野から三井造船までの専用線を活用する形で、備南電気鉄道として1953年に開業しました。 当初は電化され、モハ100形電車が3両運用されていました。元々が専用線であり、市街地を通っておらず、たちまち経営難に陥り、玉野市に譲渡され玉野市営となりました。1964年には運行コストを下げる目的で電化をやめ、気動車を導入しました。
モハ100形電車は高松琴平電鉄に引き取られ、750形となっています。
それでも改善せず、一度も黒字化することなく、1972年に廃止されました。
廃止直前の1972年の訪問です。


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キハ102

1950年汽車製造製の元ゆうえん鉄道ヂハ101。
1964年熊延鉄道の廃止時に熊本から来ました。

1972年3月13日撮影 宇野

キハ102

1972年3月13日撮影 宇野

キハ102運転台

1972年3月13日撮影

キハ101

1972年3月13日撮影 古塩浜信号所

キハ101

1934年日本車輌製の元国鉄キハ41097→三岐鉄道キハ80。 1964年入線。

1972年3月13日撮影 古塩浜信号所

乗車券

  • 2014年12月14日up