広島電鉄本線紙屋町~十日市町

青字にリンクしています。

広島の中心紙屋町からは広島港を結ぶ宇品線が分かれます。
本線は原爆ドーム前を通り、横川線との合流地点、十日市町に向かいます。


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3500形3501

1984年5月4日撮影 紙屋町

600形601

西鉄北九州線500形501。冷房化直後の姿です。2001年廃車。

1984年5月4日撮影 紙屋町

550形553

1955年ナニワ工機(現アルナ車両)製の自社発注車。2006年廃車。 紙屋町から宇品線に入る広電前行き臨時。

1984年5月4日撮影 紙屋町

570形575

元神戸市電500形575。1990年廃車。

1984年5月4日撮影 紙屋町

750形772

元大阪市電1801形1831。2015年廃車。ミャンマーへ譲渡。
当時の広島カープの本拠地、広島市民球場の前を通ります。

1979年3月4日撮影 原爆ドーム前

1100形1104

元神戸市電1100形1104。 570形、1150形と一緒に神戸から来ました。 他車と比べて収容力が小さかったことから、早く廃車になりました。 2000年廃車。

1979年3月4日撮影 原爆ドーム前

2000形2006 2007

1962年自社工場製。2012年廃車。

1984年5月4日撮影 原爆ドーム前

700形705

原爆ドームのすぐ横を通ります。

1984年5月4日撮影 原爆ドーム前

3000形

福岡から来た3000形が相生橋を渡ります。 このT形の相生橋を目標に、1945年8月6日、人類史上初の原子爆弾が投下され、13万人が犠牲となりました。 原爆により、電車も壊滅的に破壊されましたが、爆心のこのあたりは、早くも一ヶ月後の9月7日に運行を再開したそうです。

1984年5月4日撮影 原爆ドーム前

1100形



1984年5月4日撮影 原爆ドーム前

570形

フラワーフェスティバルの装飾電車。

1984年5月4日撮影 原爆ドーム前

3500形

1984年5月4日撮影 原爆ドーム前

2000形2002 2003 1900形1904

1904は元京都市電1923

1984年5月4日撮影 本川町

570形573

元神戸市電500形573。1990年廃車。

1975年3月4日撮影 本川町

2000形2006 2007

なぜかこの写真では2両ともパンタグラフを上げています。

1975年3月4日撮影 本川町

2500形2508 2507

2500形以外の連接車は同一番号でA Bの付番がついていますが、 2500形だけは、車体毎に別番号になっていました。1986年に3車体連接の3100形に改造され、写真の2508 2507は 中間車に改造、3102C 3103Cになっています。

1975年3月4日撮影 本川町

750形760

元大阪市電1801形1832。1999年廃車。

1975年3月4日撮影 本川町

570形573

神戸時代の塗色で活躍していました。

1975年3月4日撮影 十日市町

1100形1102

元神戸市電1100形1102。2000年廃車。

1975年3月4日撮影 十日市町

500形503

1954年ナニワ工機(現アルナ車両)製の自社発注車。冷房化前の姿です。2003年廃車。

1975年3月4日撮影 十日市町

  • 2015年5月4日up
  • 2022年2月14日更新レイアウト変更