大分交通耶馬溪線
日豊本線の中津から、守実温泉まで36.11kmを結んでいました。
途中、青の洞門、羅漢寺といった観光地を控えています。
1913年に耶馬溪鉄道として中津~樋田(洞門)間が開業。762mm軌間の軽便鉄道でした。1924年に守実(守実温泉)まで全線開通。1929年に1067mm軌間に改軌。
1945年に大分県内の民営交通機関が戦時統合され、大分交通発足。耶馬溪線となりました。大分交通には別大線(1972年廃止)国東線(1966年廃止)宇佐参宮線(1965年廃止)豊州線(1953年廃止)がありましたが、全て廃止され、耶馬溪線が最後に残っていました。
その耶馬溪線も1970年代に入り、過疎化と道路整備が進んだことにより、利用者が減少し、1971年に野路~守実温泉が廃止。1975年に全線が廃止されました。これで大分交通の鉄道路線はすべて廃止され、大分県の私鉄路線は無くなりました。。
全線廃止直前の1975年の訪問です。
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キハ100形キハ104
1975年2月26日撮影 野路
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キハ100形キハ104
1937年日本車輌製の自社発注車。当初はガソリンカーでした。
1950年にディーゼル化。
主力で使用されていました。
博多湾鉄道汽船(現JR九州香椎線)キハ1→西鉄キハ100→ク60は同型
車です。
廃止後は中津市内で保存されています。
1975年2月26日撮影 中津
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1975年2月26日撮影 中津
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キハ100形キハ102
1935年の日本車輌製。廃止後は同じく中津市内で保存。
1975年2月26日撮影 中津
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キハ600形キハ601 キハ604
キハ601は1956年日本車輌製の自社発注車。 廃止後は中津市内で保存。 キハ604は1960年新潟鉄工製。国東線に配属されましたが、国東線廃止後 耶馬溪線に転属してきました。 廃止後は紀州鉄道に譲渡。2010年廃車。
1975年2月26日撮影 中津
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キハ600形キハ601 キハ604
キハ601は1956年日本車輌製の自社発注車。 廃止後は中津市内で保存。 キハ604は1960年新潟鉄工製。国東線に配属されましたが、国東線廃止後 耶馬溪線に転属してきました。 廃止後は紀州鉄道に譲渡。2010年廃車。
1975年2月26日撮影 中津
キハ600形キハ602
1975年2月26日撮影 中津
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1956年日本車輌製。国東線に配属されましたが、国東線廃止後、耶馬溪線に転属してきました。廃止後は中津市内で保存。
1975年2月26日撮影 中津
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キハ100形キハ104
1975年2月26日撮影 野路
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1975年2月26日撮影 野路
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キハ100形キハ104
1975年2月26日撮影 野路
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1975年2月26日撮影 野路
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野路から先の廃線跡
1975年2月26日撮影 野路
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