上田交通別所線

1921年に上田温泉電軌として開業。信越本線の上田から別所温泉まで11.6kmを結んでいます。
岳南鉄道ED501は元上田温泉電軌のデロ300でした。
1943年には丸子電鉄と合併し上田丸子電鉄となり、別所線、西丸子線、丸子線、真田傍陽線の4路線を擁していました。
1963年に西丸子線、1969年には丸子線、1972年には真田傍陽線が廃止され、別所線のみとなりました。
上田丸子電鉄は1969年に上田交通と社名を変更しています。
何べんも廃止の危機がありましたが、乗り切り、存続しています。
1986年には1500Vに昇圧しました。2005年に上田電鉄となっています。
上田交通時代の1976年と1977年に訪問しています。


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上田原車庫

1976年3月14日撮影

モハ5250形モハ5253

1928年日本車輌製の自社発注車。元上田温泉電軌デナ200形203。丸窓電車として有名です。1986年の昇圧時に引退。上田市内に保存。

1976年3月14日撮影 上田

1977年11月撮影 赤坂上

モハ5250形モハ5251

1928年日本車輌製の自社発注車。元上田温泉電軌デナ200形201。同じく1986年に引退。上田市内に保存。

1976年3月14日撮影 上田原

モハ5250形モハ5252

1928年日本車輌製の自社発注車。元上田温泉電軌デナ200形202。同じく1986年に引退。別所温泉駅に保存

1976年3月14日撮影 上田原

モハ5730形

元信濃鉄道(現JR大糸線)のデハ1形を国鉄から譲受。元小田急クハ1650形の車体を使用し1960年に車体更新。 関東鉄道キクハ1形 近江鉄道モハ202クハ1202も同じ車体を使っています。1989年廃車。

1977年11月撮影 上田

1976年3月14日撮影 上田原

木造車体はモハ5370形の車体換装前の車体。元信濃鉄道(現JR大糸線)デハ1形デハ2→国鉄クハ5101。

1976年3月14日撮影 上田原

モハ4250形モハ4257

1955年に富士山麓鉄道のモ1が車体を乗せ換えモハ501になった時、モ1の車体を使用しクハ251として導入。 1963年に電装しモハ4257。 富士山麓鉄道のモハ501は車体を更新し、富士急行モハ3631となりました。 モハ4257は1983年に廃車。廃車後車体は富士急行に返却され、モ1に復元。 河口湖駅前に保存されています。

1976年3月14日撮影 上田原

クハ250形クハ252

元神中鉄道(現相模鉄道)の流線型気動車キハ50→クハ1501。1956年譲受。モハ5370と組んで運用されていました。1986年廃車。 元神中鉄道のキハ50は原型を留め、豊橋鉄道ク2400になっています。

1976年3月14日撮影 上田

サハ60形サハ62

元東急サハ3550形サハ3553。1965年譲受。1986年廃車。

1977年11月撮影 上田

クハ270形クハ273

元東横の流線形気動車キハ1形キハ3→神中鉄道(現相模鉄道)クハ2505。1961年に入線。元キハ1のクハ272と2両ありました。クハ272は1975年廃車。クハ273は1984年廃車。同系車に日立電鉄クハ2501 2502があります。 東横のキハ1形は原型を留め、関東鉄道鉾田線キハ42202になっています。

1976年3月14日撮影 上田

1976年3月14日撮影 上田

サハ20形サハ24

元飯山鉄道(現JR飯山線)キハニ1形キハニ3。1952年譲受。合計5両ありましたが、サハ24のみ別所線に来て残ってました。1980年廃車。

1976年3月14日撮影 上田

サハ40形サハ41

元飯山鉄道(現JR飯山線)キハ101。1949年入線。1984年廃車。<

1976年3月14日撮影 上田原

クハ3661

元東急クハ3661番号も同じで1975年に入線。最後まで塗装も変わりませんでした。1986年廃車。

1976年3月14日撮影 上田原

ED251

元宇部電気鉄道(現JR宇部線)デキ11→国鉄ED251。 1937年日本鉄道自動車製。1961年丸子線に入線。1969年別所線転属。越後交通長岡線ED261とよく似ていますが台車が違います。 国鉄時代は同系機として扱われていた様です。1986年廃車。上田市内で保存。

1976年3月14日撮影 上田原

1976年3月14日撮影 上田原

  • 2014年12月14日up
  • 2022年1月18日更新レイアウト変更